David Blecken
2016年8月31日

日本のサービスをいかに簡素化するか ― デザインイットからの提言

広告界に長年従事し、デザインの世界へと転向したフィリップ・ルーベル氏。「新鮮な変化を楽しんでいる」と言う同氏に、2つの業界の違いと、デザインの原理がブランドの差別化にどう生かせるのかを尋ねた。

今年3月、デザインイットが開催した「サービスデザイン・ジャム」での同社スタッフ。イベントには世界中から参加者があり、設定された共通のテーマでサービスをデザインした。
今年3月、デザインイットが開催した「サービスデザイン・ジャム」での同社スタッフ。イベントには世界中から参加者があり、設定された共通のテーマでサービスをデザインした。

東京で長く暮らすカナダ出身のフィリップ・ルーベル氏は、サーチアンドサーチ・ファロンとなる以前のファロンの時代から、13年近く同社の経営に携わってきた。今年3月、同社がピュブリシス・ワンのグループ会社になったことで転身を決意、6月にデザインイット東京のマネージング・ディレクターに就任。同社はデンマークのデザイン会社で、現在はインドの大手IT企業ウィプロの傘下にある。

創立から28年のデザインイットだが、日本に進出したのは3年半前。製品とサービスの改良、及び簡素化を図る日本企業との協業に成長の機会を見出しており、全日空やNTTドコモ、オリンパスといった主要企業、さらには金融・IT・食品などの分野にもクライアントをもつ。
 

フィリップ・ルーベル氏


多くの従来型の広告代理店は、ブランド構築の基本は「ストーリーテリング」にあるという。同様に、ルーベル氏のようなポジションにいる人々は、抵抗なくデザインの力を賞賛するだろう。ストーリーテリングもデザインも全ての「答え」にはならないが、昨今はデザインの方により説得力がある。消費者同士のボーダーレスなコミュニケーションは言うに及ばず、情報やコンテンツが溢れ返る今の時代、製品やサービス体験こそが究極的に意味をもち、ブランドの成否を決めるのだ。これは、かつての製造業中心からサービス業の比率が高まっている日本経済の実情に、特に当てはまる。

ルーベル氏は「広告ビジネスに疲れたから転職したわけではない」と言うが、「デザインの方がより達成感がある」と明言する。広告は製品やサービスに関するメッセージを伝える方法論に終始しがちだが、デザインは消費者に喜ばれる製品やサービスを生み出すため、より広範な関わり方ができる。「我が社で手がけるデザインは、広告プランよりも意義があると思っています」

「デザイン思考」への需要、少なくとも関心が高まる中、当然ながら広告代理店も製品やサービス戦略に食い込もうと力を入れている。それでもルーベル氏は、「広告代理店のいう戦略的デザインはスケールが小さく、グラフィック・デザインのちょっとした活用か、アプリの制作程度にとどまっている」と評するが……。

もちろん、例外もある。例えば今年本誌で紹介した、電通の自動車デザインへの取り組み。また同社は、日本人の訪日観光客に対するコミュニケーションのとり方を見直すプロジェクトも推進しており、これは「社会デザイン」と捉えることができる。いずれにせよ、テレビ広告の制作からはずいぶんとかけ離れたアプローチだ。

ルーベル氏は、広告もデザインも根底にあるものは共通すると言う。つまり、消費者の行動を理解し、消費者が必要としているもの、欲しているものは何か見極めるということ。電通の佐々木康晴氏が以前述べたように、両者の違いはデザイン案件の受注に広告代理店が苦戦しているということ。端的に言うなら、広告代理店はいまだにメディア・バイイングを柱とした事業モデルに固執しており(特に日本でこの傾向は強い)、「ものづくり」の姿勢に移行できていないのだ。広告代理店は通常、クライアントのマーケターと接してメディアやコミュニケーションの説明を行うが、デザインイットはCMOやCIOといった最高責任者クラスと接触し、最近ではCEOと直接やりとりするケースも増えているという。ルーベル氏は、「経営トップがデザインのもつ力に価値を見出している証左です」と言う。

その「価値」とは、いかなるものなのか。ブランド(特に日本で展開しているブランド)が個性を確立し、市場シェアを拡大するためにはデザインをどう活用したらいいのか。ルーベル氏の考えをいくつか紹介する。

インターネット・バンキングの不備

日本のサービスの質の高さは、世界的によく知られている。ユーザー体験の観点からすれば、物流などは正に世界最高と言っていいだろう。しかし、それ以外の分野はかなり立ち遅れている。例えば国内の金融機関はいまだに大半が「紙中心」で、モバイルやオンラインで利用可能なサービスはほとんどない。ルーベル氏は、「カスタマーサービスは完全に時代遅れで、ひどいレベル」とまで言う。こうした金融機関は、今になってようやく変化が求められているというプレッシャーを多少は感じ始めているようだが。ユーザーの目線でサービスを見直し、不便さを取り除いていけば、広告キャンペーンでは実現し得ないようなブランドの差別化を達成できるだろう。

「無用さ」の除去

銀行で必要書類に記入する作業は気が遠くなるが、通信のような他業界でも同様だ。手続きに時間がかかる理由の一つが、「すでに記入した情報を何度も繰り返し書かされること」。それはなぜか。これも、ユーザーの視点で考えられていないからだ。「企業は書類仕事を否定的に捉えていません。ほとんどの企業は、それがお客様にとって一番だと考えている。サービス精神が旺盛なのは結構ですが、デジタル化によってサービスの必要性を見直し、再定義するべきでしょう」。

包装を減らすことのメリット

意図が良くても実際のやり方がまずいものは、他にもある。商品の包装だ。多くの海外からの観光客は、買い物の際の凝った包装に感心するが、同時にその過剰さは環境に悪影響を与えているのではないかという懸念を抱く。「日本では『ロハス』の意識が高まっています。リテール・ブランドが魅力的な包装を再考し、環境に配慮して簡素化することは、比較的進めやすいのではないでしょうか」。「いくつもの箱や袋を重ねた包装が、消費者への礼儀正しさと心遣いの表れと考えられています。でも今の時代に、こうしたことは求められていないのです。包装にかかるコストが代金に反映されることや環境にダメージを与えていることは、かえって評価を下げるでしょう」。

「若さが全て」か

最後の課題は、日本の高齢化が周知の事実であるにもかかわらず、製品やサービス、ユーザーといった視点でシニア市場を意識しているブランドがほとんどないということ。ルーベル氏は「例外もある」と前置きした上で、「大きなギャップとチャンスが存在する」と言う。「今のうちにシニア世代と直接向き合えば、ブランドはたやすく成果を上げられるでしょう。年齢層の高いユーザーに的を絞ったスポーツ用品や、彼らにも分かりやすく使い勝手の良い技術の開発や技術的サービスの提供など、幅広いチャンスがあるのです」。

日本で確立されたプロセスを変える際、特にインターナショナル・ブランドが注意するべき点として、ルーベル氏は2つの重要なポイントを挙げた。外部からの視点は価値あるものとして評価されるが、「正しいやり方を教えてあげます」というような傲慢な態度はとらぬこと。そして、既存の仕組みとぶつかるのではなく、出来る限り折り合いをつけていくこと。「今の状況を改善したいと考えている人がほとんどなのですから、適切にアプローチをして協力的姿勢で臨めば、物事はたいてい良い方向に進んでいきます」。

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳:鎌田文子 編集:水野龍哉)

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