2020年、顧客体験に関する状況には大きな変化が生じた。それを受け、今年のブランド体験は、オーディエンスとエンゲージするために進化し続けるだろう。対面イベントがどこかの段階で復活する可能性もあるが、消費者行動の変化と多様な外的要因が、2021年を通して人気が高まるような体験のタイプの決定を左右するだろう。
1. 放送を念頭に置いた大規模野外イベント
大勢のオーディエンスが集まる野外活動や野外イベントが実施できない今、ブランド各社はいかに在宅のオーディエンスにアピールするかに目を向けている。
エージェンシーのジャック・モートン(Jack Morton)で制作ディレクターを務めるジム・ドナルド氏は、「自宅にいる視聴者とつながることへのニーズの高まりが、新たな可能性を開き、ライブ体験の再創造をもたらしてきた」と説明する。
同社は、ロンドン市長による大晦日の祝賀イベントをプロデュースした際、画面で視聴するオーディエンスに体験を共有してもらうことが課題となったという。ただし、放送配信に対応することにはメリットもあったとドナルド氏は振り返る。「そのおかげで、単一のライブ会場という制約から解放され、ロンドンを象徴する複数のランドマークをつなぎ、街全体でストーリーを語る機会が初めて得られた」
ドナルド氏はこう続けた。「ブランドや企業が場所に関係なく人々を結びつける効果的な方法を模索するなか、オーディエンスの居場所が変化したことで生まれたクリエイティブ面の『自由』は、ライブ放送やハイブリッド体験の発展を促進する可能性がある」
アンプリファイ(Amplify)の放送部門を率いるアダム・ヘイハースト氏は、ブランドにとっては、放送配信を念頭にイベントを設計し、実際の体験と同じくらい魅力的なキャンペーンを創り出すことが重要だと主張する。
「今行われていることにカメラを向けるだけでは十分ではない」とヘイハースト氏は指摘する。「自宅にいる視聴者を想定し、どうすれば放送自体をエンターテインメントに変えられるのかを考えぬくことが重要だ」
「そのためには、放送に詳しい人材をイベントチームに配置することが欠かせない。さらに、イベントと放送の両分野で豊富な実績がある人物やエージェンシーを起用し、多面的なプロジェクトを主導させることが一層望ましい」
2. リアルな空間をデジタルで探索可能に
ハイブリッド体験によってデジタル空間との高度なインタラクションが可能になり、消費者がデジタル環境を介して独自の体験を創り出せるようになる。
エックスワイジー(XYZ)でクリエイティブディレクターを務めるポール・スタンウェイ氏は、同社がハイブリッド型の仮想体験プラットフォーム「コネクター(Connector)」を開発した際には、人々の心に最も響くライブ体験の要素を再現することを目指したと説明する。
「他人がしたことを聴くだけでは十分ではない。自分で見て感じることが必要だ。そうしたインタラクションと反応こそが、私たちの体験をリアルなものにしてくれる」
「ソーシャルと体感の要素、他者との偶然の出会い、圧倒される体験をした時の感覚、これらすべてを求めて、人々はライブ体験に多大な時間とお金を費やしてきた」
リーバイスの2021年秋冬コレクション発表の際、ゲストはインディゴ(藍)の種を植える箱に変化するといった、物を感じることができる招待状を受け取った。一方、オンライン参加のゲストは、最新コレクションを展示した空間に、多言語のインタラクティブコンテンツによる拡張現実(AR)レイヤーを組み込んだ空間でインタラクションを楽しむことができた。参加者は、どの新作を詳しく見るか、どういう順序で空間を進むかを自分で選択することができた。
スタンウェイ氏はこう付け加えた。「これにより参加者は、何を見たいか、いつ見たいかについて、イベントでの体験を望みのままにコントロールできる。途方もなく刺激的で斬新な体験のデザインであり、未知のポテンシャルも大いに期待される。ただし留意すべきは、物理的、感情的、感覚的な要素から離れすぎて迷子にならないようにすることだ。これらの要素が結びつくことで体験はパワフルになり、ひいては人間味を増すからだ」
3. 実店舗の役割の拡充
何年ものあいだ、目抜き通りの衰退が語られていたところに、新型コロナウイルスが苦境の小売業者に追い討ちをかけている。トップショップ(Topshop)がロンドンのオックスフォードストリートに構えていた大型店舗でさえ売りに出された。TROの戦略担当責任者サルマーン・アーマッド氏は、ニューノーマルの到来により、小売業者にとって実店舗の見直しが以前にも増して重要になっていると指摘する。
「体験の共有という、実店舗の空間が持つ真の価値をとらえる企業が、今後再建を担うことになるだろう」とアーマッド氏は予想する。
「店舗は単なる取引の場ではなく、ソーシャルな場であり、放送に値する一等地であり、コミュニティで注目や関心を高めるインタラクティブなメディアチャネルなのだ」
ノルディック・スピリット(Nordic Spirit)は、ソーホー地区のアーガイルストリートにあった店舗を、北欧を体験できる没入型の環境に作り変えた。「ノルディック・スピリット・ナイト」と命名されたこの場所には、人工的に再現したオーロラと森林が設けられ、人々はフィジカルディスタンスを保った形でノルディック・ノワールの映画を観たり、DJのプレイや特別な食事を楽しんだりできる。
アーマッド氏はこう続けた。「英国が何らかの形で正常な状況に向かい、ロックダウンの緩和が始まったら、フィジカルディスタンスは、店舗でのよりVIP的な体験を提供する機会になり得る。そうなれば、オンラインコンテンツの制作を通じて、その体験をさらに多くのオーディエンスと共有できるようになるだろう」
4. 車がもたらす体験
2020年にはドライブインを使った体験が急速に普及したが、その理由はフィジカルディスタンスを保つ仕組みが容易に実現できることにある。シークレットシネマ(Secret Cinema)が、ロサンゼルスでドラマ『ストレンジャー・シングス』をドライブスルー方式で上映したイベントも、体験を提供する手段として車を利用するものだった。
車を利用した体験は、夏の時期に自由を享受することと安全を考慮することをうまく両立させていたと、アイリス(Iris)でマネージングパートナーを務めるフラン・デリー氏は話す。
「スズキによるドライブイン方式の映画上映会は、社会で待ち望まれていたエンターテインメントを楽しむ手段を提供する完璧なソリューションだった」
「こうしたイベントは定着したと思うし、春や夏になればまた目にすることになるだろう。安全面はともかくとして、人々はその斬新さと懐かしさを心から楽しんでいた」
「また、今はロックダウンの中にも楽しみを見つけられるようになったので、今後数カ月間は、車を使った素晴らしい体験を創り出すブランドがかなり増えることになるだろう」
5. バーチャルでオーディエンスを増やすチャンス
ゲーム内コンサートは、ホームエンターテインメントに選択肢を求めるオーディエンスに対し新しい体験を提供するだけでなく、大勢がすでに慣れ親しんでいる仮想環境がコンサート会場になるということを意味する。『フォートナイト』のような人気ゲームと提携することには、繁華街に店を構えるのと同じく、多くの観客を見込めるというメリットがある。
ミンテル・トレンズ(Mintel Trends)の欧州・中東・アフリカ(EMEA)地域ディレクター、サイモン・モリアーティ氏はこう語る。「パンデミックの影響と技術革新が続く限り、顧客体験はこれからも変化を続ける。ポジティブな気分をもたらしたり人々をつなげたりするうえで、デジタルエンターテインメントが果たす役割はとりわけ重要だ」
ライブパフォーマンスが制限されているミュージシャンは、地理的な境界線を越えて、人々に向けてパフォーマンスを行うことができる。
トラヴィス・スコットが『フォートナイト』内で開催したライブは2770万回の視聴を獲得したが、このライブでは観客が体験を自分でコントロールし、視点を360度変えることができた。また、ゲームの仮想環境外へ配信可能なコンテンツを生成することもできた。