先週、新たなMDに就任した澤井愛佳氏はニューヨーク生まれ。米国と日本、タイの3カ国で育ち、13歳でバンコクに移住した。その際には「自分の内面で何かが裂けたような感覚になった。それが日本の消費文化をもっと深く知りたいという気持ちになり、後の勉強や仕事のテーマにつながりました」。WPP傘下のAKQAに入社したのは7年前。それ以前はKDDI や総合インターネット会社グリー(GREE)でキャリアを積んだ。
ニューヨークやバンコクなど、海外で暮らした経験は日本への見方にどのような影響を及ぼしましたか?
一般消費者としての視点だけではなく、複数の他者の視点で日本を見られるようになりました。日本市場を理解しようして、結局は「奇妙だ」という答えになってしまうグローバルブランドの視点も理解できます。
日本のどのような点が「奇妙」なのですか?
日本人は今も日本を「ガラパゴス」にたとえます。私もこれは適切なメタファーだと考えます。日本は独自の進化を遂げ、その進化は今も社会の深層で続いている。経済やビジネスの大枠のロジックは他国と共通していますが、提供するモノや感性、しきたり、受け手である消費者のマインドなどは大きく異なります。日本を(世界と)同じ市場と考えるよりは、異なる市場と考える方がグローバルブランドにとっては得策だと思います。
就任時に「意義あるイノベーションが大切」とコメントされました。マーケティングコミュニケーションの観点からすると、何を意味するのですか?
日本の企業は今もしきたりを重んじて活動しています。本当ならばストレートに消費者のニーズを考え、そのための課題や解決策を把握するべきですが、既存のプロセスに囚われすぎてしまう傾向がある。そこにどのような意義を見出せるのか、ブランドと消費者との間にどのような特別な関係を築けるのかといった視点が抜けてしまいがちなのです。立場を超えたこうした議論は日本ではなかなか難しい。業績に直結する課題の検討に終始しているように思います。
バックグラウンドや民族性、ジェンダーにかかわらず、個人の成功をサポートしたいというコメントもありました。日本で包摂性の実現は困難だと感じますか?
今は変化の時だと思います。1〜2年前ならもっと難しかったでしょう。しかし今は意思決定者やブランドを代弁する人々の構成が根本的に変わりつつある。ジェンダーだけではなく、人種的なアイデンティティーでも多くの変化が起きています。だから肝心なのは、誰であれ勇気を持って積極的に発言していくこと。「Me Too」運動のうねりは日本に少なからず影響を与えました。職場にもっと女性が必要なことも、社会全体の共通認識となった。労働市場は急速に変化しており、あらゆる企業の外形を変えつつあります。Me Tooという外的要因もありますが、逼迫した状況がこの変革を促していると思います。
Me Too運動の真意は日本で理解されていると思いますか?
ある程度は理解されているでしょう。国内でも独自の運動が生まれています。例えば、職場での強制的なパンプス着用をやめさせようという「Ku Too」運動(『靴』『苦痛』をかけた名称)。些細なことですが、日本社会を象徴しています。また、警視庁が痴漢撃退のために開発したスマホアプリ「デジポリス」もその一つ。さらに、女性が負わされる評価の対象とならない仕事「見えない労働」に関する論議も始まっています。
安倍首相が提唱する「ウーマノミクス」は広告業界に良い影響を与えていると思いますか?
それは若干異なるテーマです。Me Tooなどの運動は草の根的な取り組みです。女性に大きな希望を与え、より切実だからこそメディアも取り上げる。国民は賢明で、ウーマノミクスの実像を見透かしています。他の重要な政策と連動していないことは分かっているのです。
包摂性を推進するために何をしようと考えていますか?
今の私は公的な役割が増えました。社会に向けてより率直に意見を述べ、肩書きを活用して広告市場の人材プールを多様化していくことは私の責任でもあります。こうしたテーマには全力で取り組んでいくつもりです。
AKQAの事業はどのように形づくっていきますか?
クライアントにはこれまでの手法で尽力していきます。加えて、ビジネス変革のためにより大きなスケールのプラットフォームを提供していく。私は前任者よりも技術畑の経験があり、バイリンガルでもあります。こうした利点を生かし、新たな分野を発展させていきたいと考えます。
また、日本におけるAKQAの存在を「レイ・イナモト氏(前グローバル・チーフ・クリエイティブオフィサー)がいたカンパニー」ではなく、「AKQA」として知らしめていきたい。高いハードルなのは承知ですが。
成功のためにはバイリンガルであることが不可欠ですか?
必須とは言いませんが、大きな強みになります。それが優位性を生むことは実感しています。言葉だけの問題でもありませんが。
ビジネスに関係あるなしを問わず、最も興味を持っていることは何ですか?
日本の人々は、カリキュラムに沿って何事もそつなくこなせるように育ちます。しかし今日大切なのはそうしたことではなく、何かを変えねばならないと思った時に挑戦する勇気や行動力です。私の好きな言葉は、テッドトーク(TED talks)で「ガールズ・フー・コード(Girls Who Code、コンピューターサイエンスに従事する女性をサポートするNPO)」の創設者が述べた「Brave, not perfect(完璧であらずとも、勇気を持て)」です。こうした言葉には強く惹かれます。今の日本、そして将来のリーダー候補たちには極めて重要な言葉でしょう。
令和はどのような時代になると思いますか?
マスマーケティングが終わりを告げ、パーソナライゼーションの時代になるでしょう。型にはまったやり方は通用しなくなり、ブランドのビジョンと合致したテクノロジーとデータの活用が鍵になる。それこそが、ブランドが生き残り、成長するための最も効果的な改革を実現すると思います。
ブランドがパーソナライゼーションそのものに夢中になりすぎている感はありませんか?
ブランドと消費者の関係はテクノロジーの発展とともに常に変わり続けます。消費者も学習し、ブランドも学習することで、両者は常に適切な距離感を探っている。その中から新たなダイナミクスが生まれていると思います。パーソナライゼーションのROI(投資利益率)が意味を成さない時期もありましたが、それは終わり、今大切なのはどのようにスケールアップさせていくか。ただパーソナルなコミュニケーションを増やすのではなく、質を高めるためにどうテクノロジーを活用すべきかという段階に入っています。
(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)
*本インタビューは英語で行われました。