David Blecken
2019年5月17日

ブロックチェーンは広告主の「救世主」か?

広告配信にブロックチェーン技術を取り入れるブランドが増えている。マーケターにとってメリットは多いが、「不信感」があることも確かだ。

「広告主にとってブロックチェーンは常に必要なものではない」と、「ブロックチェーンの伝道師」は異論を唱える(写真提供:Shutterstock)
「広告主にとってブロックチェーンは常に必要なものではない」と、「ブロックチェーンの伝道師」は異論を唱える(写真提供:Shutterstock)

最新テクノロジーとして喧伝されてきたブロックチェーンが、いよいよ広告界でも導入されるようになった。アジアでの最近の実用例は、その様々な可能性を示唆している。だが、必ずしも広告主が求めるソリューションではなく、アドテック企業やエージェンシー、広告主も完璧に理解しているわけではない −− そんな意見が観測筋の間にある。

ユニリーバ・ジャパンは今年の1–3月期、初めて広告配信にブロックチェーンを導入した。「透明性が高いとされるブロックチェーンは、我々をはじめ全てのパーティや中間業者にとって納得できる検証ができるソースなのか。それを確かめるための第一歩」(同社声明)。

このキャンペーンで協働したのは、ADKと英国のテック企業エンヴィジョン・エックス(Envision X)。エンヴィジョンは「ブランドとエージェンシー、需要側と供給側のプラットフォーム、テクノロジーベンダー、そしてパブリッシャー……全てをつないだ、完璧にエンドツーエンドの自動化されたオペレーション」と表現する。鍵となったのは、同社のプラットフォーム「エクスチェイン(Exchain)」だ。スポークスパーソンによれば、「広告主とパブリッシャーの間で起こる『隠されたアドテック税』の問題を解決するために開発された」。

このプラットフォームはどんなに小さな支出も収益もリアルタイムで把握でき、承認された手数料だけがチャージされる仕組み。事前のトライアルで、透明性の低いシステムではかなりのメディア支出が不当に取り立てられていることが分かったという。「コストに対する可視性を高めなければならないことがはっきりした。このプラットフォームを使えば、支出を限りなく最適化できます」(同社)。

ブロックチェーンのもう一つのメリットは、マニュアルによる取り組みを減らせることだ。ADKのメディアプランナー、中野琢氏は「ビジネス上の取引を一元化できるので、人手によるエグゼキューションや検証を省くことができ、生産性が大きく上がる」と話す。透明性が低い労働集約型の日本市場では、こうしたテクノロジーは大きな意義を持つ。

国外でもブロックチェーンは同じように試験段階にある。この3月、ハバス・メディアは英国のテックサービスプロバイダー、アズダックス(AdsDax)と協働し、インドのフードデリバリーサービス「スウィギー(Swiggy)」のキャンペーンをブロックチェーン技術によって展開した。アズダックスによれば、パブリックブロックチェーンで230万以上のモバイルエンゲージメント数を記録、目標に対する成果の可視性を高めたという。

このキャンペーンでは、エンゲージメントに関する全てのデータは台帳に保存される前にサードパーティの検証を受けた。狙いは不透明な「アドテック税」の排除よりもキャンペーンの最適化だったが、同様の効果を生んだ。「透明性の高いデータを瞬時に得ることで、メディアバイヤーはより多くの情報に基づいた賢明な支出ができる。無駄の削減に直結するのです」(アズダックス )。

マレーシアのCIMB銀行もメディアバイイングをより効率化するため、アズタックスとキャンペーンを行った。またペプシコはマインドシェアとのキャンペーンで、インテグラル・アド・サイエンスやメディアマス(MediaMath)、ジリカ・リサーチ(Zilliqa Research)、ルビコン・プロジェクト(Rubicon Project)などと協働。マインドシェアによれば「ビューアブルインプレッションのコスト効率性を28%アップさせた」。このシステムには検証機能が組み込まれ、「広告主はブランドの安全性を損なわないビューアブルインプレッションにのみ支払いをする」という。

ペプシコは「満足いく結果」とし、検証や全体的な効果測定を続けるため、さらに数回キャンペーンを展開する予定だ。

こうした実例は、ブロックチェーンによって広告業界が進歩し始めたことを意味する。だがその一方、「誇張された技術」として懐疑的に捉えるマーケターがいることも忘れてはならない。

ロンドンを拠点とするブロックチェーンのコンサルティング会社LDTRTの設立者アダム・ホプキンソン氏は、自らを「ブロックチェーンの伝道師」と称する。だがクライアントに説くのは、「いかにブロックチェーンを使わないか」だ。

同氏は以前、ブロックチェーンを重視するトゥルース・メディア・エージェンシーを共同設立し、退職した。「確かにブロックチェーンはスピードやコスト、効率性を改善できる。しかしインチキな売り込みをする連中が増えたことで、さまざまな弊害が出ました」。

「広告業界でブロックチェーンのことを語る資格のある人間はほとんどいない。オックスフォードやコーネル、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)といった大学にはブロックチェーンを教える素晴らしい講座があります。しかしながらこうした学府で教育を受けた人間はほぼ皆無です。自分をブロックチェーンの専門家と言うのなら、少なくとも(これらの大学の)履修証明を受けていなければならない」(同氏)。

資格の有無はさておき、ホプキンソン氏は「本格的なブロックチェーンを導入しなくても、ほとんどの企業は分散型台帳技術(DLT)から十分メリットを得られる。DLTはよりシンプル、低コストで透明性を確保できます」と話す。そしてブロックチェーン の重大な欠陥は、「現状ではデジタル広告の機能する速度と歩調が合っていないこと」とも。

だがその話題性を考慮すると、エージェンシーやテックベンダーにとってブロックチェーンはセールスがしやすく、利益を上げやすいことは事実。「我々が夢中になっているのは『暗号』の世界であって、それは必ずしも必要ではないのです。全てのトランザクションを暗号化する必要はありますか? あるいは、そのプロセスを示す必要がありますか? 本質的に必要なものはほとんどないのです」。

「透明性を高めるためならば、よりローテクな手段もある。古き良きiOSとメディアプランナーを活用して、広告主とパブリッシャーが直接取引きをすればいい。あるいは単純に、クライアントは中間業者に一括払いすることもできます」

とは言っても、ブロックチェーンはマーケターにとって広告買付けの透明性を高める以上の、説得力ある可能性を秘めている。「正しいデータソースと接続してエコシステムを構築すれば、非常に興味深いものになる」。例えば、英国の寝具メーカー「ドリームス」のように人間の睡眠パターンを測定し、健康に関する行動データを抽出する取り組みだ。また仮説として、走行データを提供するクルマがあれば、地方自治体の道路修復計画に資するのではないか。「サプライチェーンの可能性をまだメディアは最大限生かしきれていないのです」。

そして、「規制機関がブロックチェーンを市場に導入することが理想」とも。現状では、テックベンダーは自社のブロックチェーンを売りつけようとするのみだ。「それこそが問題なのです。もしそれらが分散化されなければ −− ネットワークを運営する単一機関の存在なしで −− 肝心な点が見落とされてしまう。根本的な課題である信頼性を失うのです」。

スタートアップのメンターであり、ロンドンのアクセンチュア・デジタルでマネージングディレクターを務めていたヒューゴ・ピント氏も同意見だ。「ブロックチェーンはそれぞれの情報をつなぎ、デジタル広告を現実世界と連携させるのに役立つと見るべきです」。

オペレーションの観点からすると、ブロックチェーンは「広告キャンペーンをより効率的に展開しようという全てのプレイヤーにとってプレッシャーとなる」と同氏。結果的に「さらなる差別化競争を生み出し、業界にその目的の再評価を促すでしょう」。結論は「ターゲティング広告をより進化させるか、あるいは極めて個人的な関係性をマネージメントするかのどちらか。私は紛れもなく後者と考えますが」。

これまで業界は、広告をビジネスの成長に活用してこなかった。だがブロックチェーンによってIoTやアルゴリズムの広告などにチャンスが広がる、と同氏は考える。「こうしたビジネスチャンスはギグエコノミーや目的を最優先する企業の動向とともに発展していきます。業界のマージンは縮小傾向ですが、ユニバーサルなパーソナライゼーションエンジンへの転換はブランドにとって最大のチャンスとなる。世界規模で個人からの認証や最大限のデータを得られるのですから」。

結局のところ、ブロックチェーンは広告主にとってソリューションの一つではあっても、時たま言われるようにソリューションそのものではない。「広告主にはより大きな目標を達成できるプラットフォームが必要です。ブロックチェーンは構成要素の一つ。ブロックチェーンに基づいたトレーディングプラットフォームはギミックにすぎません。アドテック企業やエージェンシーは間違った課題を設定し、必要のないものを広告主に売ろうとしている。それは、どのブロックチェーンを使えばいいかという問題ではありません。広告主はどうすれば今と違うことができるか、自問する必要がある。そして、本当にブロックチェーンのような技術を使う必要があるのか、とね」

(文:デイビッド・ブレッケン 翻訳・編集:水野龍哉)

提供:
Campaign Japan

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